Tuckでのアカデミック・ライフを振り返って

Electives科目について

 

T23のDMです。卒業まであっという間に残り2か月になってしまいました。Tuckの2年間を振り返ると感慨深く、色々とお伝えしたいことはありますが、今回はアカデミック、特に選択科目に焦点を当てて書きます。基本的な情報は『学校紹介>カリキュラム』と進んで頂ければ諸々記載がありますが、今回は個人的な感想も含め私が取った主なElectivesを簡単に紹介します。

 

  1. Advanced Corporate Finance and Governance(教授: Dr. B. Espen Eckbo

コアカリキュラムの一つCorporate Financeのアドバンスド版。コーポレートガバナンスの権威でもあるEckbo教授のもとInvestor Activism、IPO Underpricing、Pay for Performance、Capital Structure等のトピックについてより踏み込んだ議論ができる推奨Electiveの一つ。毎週のReadingの量はTuckのカリキュラムの中でも随一と思えるほど多く、難易度の高い論文も取り扱うが、その分非常に学びも深く、毎回の議論も活発になる。ケースと学術論文・講義の割合は半々くらい。グループワークはプレゼンテーションが数回あり、最後のWritten Assignmentは修士論文を1本書くくらいの重たさがありました(汗)

 

  1. Structuring M&A(教授: Dr. Karin S. Thorburn

Whartonでも教鞭をとるThorburn教授がM&Aの分析手法を教えてくれるので、キャリアでM&Aに関与する人にはとても実践的な内容です。Merger modelingやSynergy Analysis、EPS Accretion/Dilution Analysis、事例に基づいたStrategic Rationales の検証、PMIの問題点なども扱います。大型M&A案件のLegal Advisorを務めた弁護士をゲストに、CEOやBoard of DirectorsのFiduciary Dutiesとは具体的にどういうことかを疑似体験できるセッションもありました。扱う内容の濃さと課題の量に対して1タームの半分(約5週間)しかないMinicourseなので相応のコミットメントが必要。グループワークでは、任意の企業に対してM&Aのピッチを作るという内容のもので、投資銀行のマネジングディレクターが採点・コメントしてくれます

 

  1. Corporate Valuation(教授: Dr. Anant K. Sundaram

Corporate Valuationで有名なのはNYUのAswath Damodaran教授ですが、彼と双璧をなす権威であるSundaram教授が様々な業界・企業のバリュエーション手法(主にDCF、LBO、Subscriber Modelなど)についてハンズオンでモデリングを教えてくれる人気授業。IB志望者にとってはほぼ必須とも言ってよい。モデリングだけではなく、重要なコンセプトである資本コストやTime Value、オプションやプレミアムなどの概念もカバーするため、確りついていけるとコーポレートファイナンスの理解が深まりますが、バリュエーション経験者には基礎的な内容かもしれません。毎週グループワークでモデリングの課題があるため、こちらも相応のコミットメントが必要

 

  1. Venture Capital and Private Equity(教授: Dr. Gordon Phillips

コース名の通りVCとPEについて実務的なスキルが身につく内容となっており、アセット・アロケーション理論から始まり、タームシートの内容と構成、投資リターン分析、バリュエーション手法、ビッドレターの書き方などを学習します。ケース中心で且つ当事者がゲストとして参加してくれます。毎週バリュエーション、主な論点・Pro/Conの整理、リスク要素、タームシートに入れるべき条項などについてグループでプレゼンを作り、その案件の担当者に対して発表、質疑応答するといった流れの授業なので、なかなかワークロードは重ためですが、錚々たるゲスト陣(投資銀行のマネジングディレクター、対象企業の前CEOや案件担当者など)から直接学ぶ機会が得られるのでお勧めです

 

  1. Pricing Strategy and Analytics(教授: Prof. Samuel Engel

自社の商品やサービスの価格を決定する方法について様々なアプローチを学べる、どちらかというとコンサルやProduct Manager向けのElectiveです。典型的なCost-Plus Pricing(原価加算法)に始まり、ABC(活動基準原価計算)、Value-Based Pricing等のアプローチを押さえつつ、ケースを基に対象企業の競合は何か、差別化要素は何か、適切な価格設定方法は何か、価格競争を避けるためにはどうすべきか等を吟味する内容になっています。もちろん顧客のセグメンテーションや価格感度分析、価格戦略とゲーム理論等も考察します。課題の一つとして価格設定シミュレーションがあり、3つの地域に提供するサービスの価格を設定し、毎月の需要予測や競合他社の動きを観測しながら最高益を目指すというものがあります。グループでああだ、こうだと議論しながら慎重に価格を決めるプロセスがなかなか緊張感もあり面白かったです

 

  1. Negotiations(教授: Prof. Aram Donigian

コミュニケーションの科目としては最もお勧めしたいElectiveの一つです。他の多くの授業と違い週1回3時間ぶっ通しの授業です。特に交渉事にあまり馴染みがない日本人(偏見ですが)にとっては新鮮な内容も多いのかなと思います。交渉相手のリアクションを想定してゴールを設定する、鍵となるステークホルダーと関係図をマッピングする、交渉の切り札となるデータや事例を収集する等といった交渉に臨む前の準備方法を徹底的に学ぶとともに、交渉相手のスタイルや態度にどう対応するかシミュレーションしたり、複数の交渉相手と同時に交渉するシミュレーションをしたり等、非常に実践的な内容になっています。コアカリキュラムに入れても良いのではと思うくらい個人的にはお勧めしたいElectiveの一つです

 

  1. Taxes and Business Strategy(教授: Dr. Leslie Robinson

主にアメリカの税法を中心に、税金対策としての資産運用、報酬制度、企業形式ごとの税金の違い、親子会社間の税金の流れやその問題点、M&Aやスピンオフにおける節税スキームの考察やタックスヘイブンに対する規制等を中心とした内容になっています。内容を理解できているかのミニテスト(コンセプトチェック)や事例を分析して自分の言葉で説明できるかを確認するライティングの課題が毎週あります。気さくでユーモアに富んだLeslie Robinson教授ですが、専門分野ということもあり、非常に情熱をもってデザインされていることが分かります。グループワークは全グループがそれぞれ違ったテーマについて深堀してプレゼンを行うため、広範なトピックがカバーされて知識の幅が一気に広がります。ちなみにパーソナル・タックスは扱いません

 

  1. Comparative Models of Leadership(教授: Dr. Elizabeth J. Winslow

古今東西の偉大なリーダーたちの半生を追い、現代のリーダーシップに必要な要素は何かを学ぶコースです。古今東西といいつつ、大部分は”West”だったので、もう少しアジアやアフリカなどのケースも加えてほしいなと思いましたが、ドメスティックが考えるリーダーシップと、インターナショナルが持つリーダーシップとの違いも学ぶことができたし、毎回の授業でディスカッションが白熱するのが面白かったです。いわゆる偉人や歴史的な重要人物だけではなく、テック企業の中間管理職によるダイバーシティやマネジメントの在り方なども取り扱います。またExtravertedとIntrovertedそれぞれのリーダーシップの事例や、様々なリーダーシップ理論(Trait Theory、Skill Theory、Level 5 Leadership、Situational Leadership Theory、Contingency Theoryなど)を使ってマーガレット・サッチャー英前首相やバラク・オバマ米前大統領のリーダーシップを分析する等、マネジメント人材としてキャリアを開始するMBA生にとっては大事な内容が詰まったElectiveだと思います

 

  1. Leading Disruptive Change(教授: Prof. Anthony D. Scott

「イノベーションのジレンマ」で有名なClayton Christensen教授が始めたコンサルティングファームInnosightでマネジングディレクターを務めるScott教授が、どのようにして破壊的イノベーションが起き、どのようにして企業はそれを乗り越えるか、産業全体の変革期に求められるリーダーシップの要素は何かをケースを中心に学ぶことができる比較的新しくできたElectiveの一つです。Tuckに求められるイノベーションとは何か、どうすれば求められる変革に対応できるか、といった議論も白熱しました。イノベーションの理論が中心ですが、どちらかというとスタートアップやアントレ系というよりは、大企業の新規事業や組織改革を考える上で重要なフレームワークや実例を学ぶことができる内容が多かった印象です。教授自身も試行錯誤を続けていると語っており、今後内容が大きく進化していく可能性は高いです。個人的にMBAにきてChristensen学んでおかないとまずいなという生半可な気持ちで取った授業でしたがとても満足度の高い内容でした

 

  1. GIX – Startup Ecosystem in Israel(教授: Dr. Adam M. Kleinbaum

卒業要件の一つであるGlobal Requirementを満たす方法の一つがGlobal Insight Expedition、通称GIXです。私は12月にKleinbaum教授が企画したイスラエルのプロジェクトに参加しました。いまもパレスチナ問題が続くイスラエルですが、人口に対するスタートアップ企業の数はアメリカに次ぐ世界第二位で、なぜこの小国で世界中に変革をもたらすようなスタートアップ企業がたくさん生まれているのか、起業家のマインドセット、文化、歴史、エコシステム、国の政策など、多角的に学ぶことができました。もちろんイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地が終結するエルサレムも訪問し、死海でクラスメイトと遊んだり、テルアビブのパブやビーチで飲み明かしたりなど、エンタメ要素も存分に満喫できました。政情が不安定になっていたので治安面での不安は若干ありましたが、GIXでしかできない経験だったと思います。お留守番してくれた妻には死海の泥(エステパック)や話題の石鹸、ハンドクリームなどをお土産に買いました。一緒に参加した同級生がブログを書いていますので、こちらも参考にしてください。

最後の学期(Spring Term)は、International Strategy(教授:Dr. Thomas C. Lawton)、Professional Decision Modeling(教授:Dr. Peter J. Regan)、Ethics in Action(教授:Dr. Aine Donovan)、Power and Influence(教授:Dr. Pino G. Audia)、Managers and the Law(教授:Prof. Jeffrey R. Howard)を取りました。Ethics in Actionは卒業要件の一つであるEthics & Social Responsibility Requirementを満たすものでが、毎回の授業でStrategy、Organization、Finance、Economics等各分野の名物教授が来てEthicsについてレクチャーやディスカッションをリードしてくれる面白い授業です。Power and Influenceは人気のあるElectiveの一つで、組織の中でどのようにして人を動かす影響力を増していくか、ケース中心に主人公のアプローチの是非、失敗の原因、理論を学ぶことができます。Audia教授はとてもEmpoweringな方で、レクチャーを聞いているだけでもポジティブな力をもらっている気分になります。Managers and the Lawは、比較的新しくできたElectiveですが、Howard教授は現役の第1巡回区控訴裁判所の裁判官(Lifetime Tenure)及び司法長官です。Law Schoolで2年間を通して学ぶ内容を1学期間で詰め込んだ内容らしく、分厚い教科書と毎週戦っていますが、アメリカの法制度やコモンロー、法律用語、アメリカにおける裁判の仕組み等、法律を学んだことがなかった私にとってはとても新鮮で濃厚な学びになっています。

 

Tuckのコアカリキュラムは科目を横断した教授間の連携が取れた素晴らしいデザインになっており、Interdisciplinaryな視点でマーケティング、ストラテジー、経済学等のMBAエッセンシャルを学ぶことができる点は大きな魅力だと感じました。ここまでデザインされた学びの機会はSmall Communityだからこそできる強みだと思います。Electivesについても多少リンクしている部分があり、選択できるElectivesの関係性や重複などが考慮されたスケジュールが作られていると思います。例えばPricingで学んだ価格戦略をVC&PEのバリュエーション分析におけるバリュードライバーの設定に応用したり、Negotiationsで習得したツールをLeadershipの授業で活用したりなど、学んだことをすぐに実践できる機会がたくさんあるのはMBAの醍醐味の一つだと思います。

 

一つ一つかなりざっくりした内容になってしまいましたが、Tuckの学生がどんなことをどう勉強しているか、少しでもお伝えできていたら幸いです。

 

(2023年4月現在)

ソフトスキル系

1. Leadership in the Global Economy (教授: Matthew Slaughter (Dean))

DeanのMattの授業です。貿易戦争、気候変動、黒人奴隷制度への補償問題、格差の拡大というテーマに対して、5人の生徒がそれぞれ自分が選んだリーダーの視点から、5分間の議会証言をした後に、Dean, ゲスト(毎回、そのトピックの大物論客が登場しました)、他の学生(=国会議員という設定です)からの質問攻めに合うという授業です。

たとえば気候変動がテーマの際には、石炭業界の重鎮、太陽光パネルメーカーのCEO、インドの偉い人等の立場から、議会証言をしました。石炭業界の重鎮は、「石炭は特に途上国では絶対に必要なエネルギー源。雇用も生み出している。規制強化反対」と証言するわけです。太陽光パネルメーカーは「気候変動に真剣に取り組め。エネルギー構造の転換が必要だ」と。インドの方は「途上国は気候変動に取り組めない。アメリカが頑張れ」とやります。

これに対して、国会議員から「化石燃料産業をいじめると、私の地元の雇用が壊滅するんですけど」とか答えにくい質問がされて、リーダー達は時にはキッパリと、時には意識的にムニャムニャと回答する練習を積むわけです。このギミックにより、知識の習得に加えて、このムニャムニャ答弁する能力や、個人としての思想と組織代表としての意見のせめぎ合いの中で発言する能力を養うことができるわけです。

2.Power and influence (教授: Pino Audia)

いかにキャリアを形成するかのヒントとなるMini courseです。ほぼ全てがケース、しかも会社ではなく「人」に焦点を当てたケースです。主人公は、MBA取得直後の社員、投資銀行で大活躍した黒人女性、ジョブホッパー、企業での経験がないまま役員になっちゃった学者などなど。

仕事を進めたり、キャリアを形成するには、人の協力が欠かせないよね。じゃあどうやって人から協力を引き出そうか。という授業です。タイトルから、汚らしい裏取引を想像されるかもしれませんが(笑)、そういう内容ではありません。学ぶのは正々堂々とした内容。「自分が何かを成し遂げた場合に、一番損する人をきちんと説得せよ」とか、「取るに足らないことで敵を作るな」とか、当たり前だけど、授業で学んだりしなければついやっちゃいがちだよなぁ、とそういうことが、ケースを通じて学ぶことができます。学生の発言や学生同士のディスカッションが多い、かなりinteractiveな授業でした。

 

アナリティクス

1.Data Mining for Business Analytics (教授:Bob Batt

JMPというデータ分析ソフトウェアを使って、主にデータに基づいた予測を扱う授業で、必修科目のAnalytics IとAnalytics IIの発展版です。Regression、Partition Treeという基本の分析手法に加え、Neural Networkという発展版のモデル、また複数のモデルを合体させてより良いモデルを作る方法にまで授業は及びます。

データ分析の対象として、腎臓病患者をいかに既存のデータからうまく抽出するか、保釈可否を判断する際に再犯の可能性をどう見積もるか、といった内容を取り扱いました。そのモデルが良いかどうか判断する指標も数多く学ぶことができ、データ分析の面白さも理解できた非常に満足度の高い授業です。Analytics IとIIで、もっとこういう分析はできないか?とか、その分析では偏りが生じるのでは?と疑問に思っていたことが次々と解消されたように感じ、個人的にはAnalytics IIIとして必修にしても良いくらいじゃないかと感じました。

なお、この科目はMini course(普通の授業は1.5時間×18コマだが、ミニはその半分、単位も半分)として開講されているので、Data miningにちょっと興味がある人が気軽に履修することができます。