First-Year Project: 実践型プロジェクトを通して学んだこと

こんにちは、Class of 2023 (2年生)のショアラインです。今回はTuckの名物授業、First-Year Projectでの経験をもとに、MBAにおけるExperiential Learningの価値について考えます。

※なお、プロジェクトの機密情報については明らかにできませんので、一部曖昧さを含む表現や簡略化された情報を含むことをご理解ください。

First Year Project

Tuckでは1年生の春学期の必修授業の一つとしてFirst-Year Projectが提供されています。クラスメイトとチームを組んで、実際の企業やNPOのプロジェクトに10週間取り組む実践的なプログラムです。

Tuckは最初の1年間をかけて必修授業を一通りカバーするカリキュラムの設計になっていますので、1年間の勉強の総ざらいとして、それまで学んだことを実在するプロジェクトに還元する設計になっています。

私は学校が用意した候補の一覧からプロジェクトを選ぶことになったのですが、自分のスタートアップアイデアを実現するためにチームを組んで取り組むクラスメイトもいれば、憧れの企業に売り込んで自分でプロジェクトを引っ張ってくる強者もいます。


プロジェクトを提供してくれるクライアントの例

チーム編成

プロジェクトが公開されてすぐ、300人のクラスメイトが早い者勝ちでプロジェクトとチームメイトを選んでいきます。学びの多いプロジェクトを選びたい、という動機もあれば、優秀なクラスメイトをチームに引っ張りたい、という動機もあり、自分で能動的に動くことが重要です。また、チームには出身や職歴の異なるチームメイトが一定数いないといけないという「ダイバーシティ要件」があり、留学生にはこの要件を満たしたいアメリカ人のチームから頻繁に声がかかります。

私の場合、ダイバーシティ要件の数合わせで他のチームに入るのも、いつも付き合っている友達と組んで馴れ合いのままプロジェクトが進むのも嫌だったので、自分から進んでチーム編成を進めることにしました。

70ほどあった候補の中で、Dream.OrgというカリフォルニアのNPOが提供するプロジェクトに目が留まりました。要項には「900億ドルの刑務所産業を破壊する」とだけ書かれていて、900億ドルという規模の大きさと、「刑務所を破壊する」というコピーの強さに興味がそそられたのを覚えています。


Dream.Org focuses on addressing mass incarceration, climate change, and poverty by advocating for new legislation, creating green jobs, and teaching low-income children how to code (https://dream.org/)

900億ドルはアメリカで刑務所システムの維持運営に毎年費やされる税金の規模を表しています。出所後の再犯率が50%を超えるこの国では、既存の刑務所システムの有用性が問題視され、特に保守層を中心に政治論争の題材にも頻繁に取り沙汰されています。Dream.Orgは出所した元受刑者へのセカンドチャンスの支援、彼らの人権救済活動や就職支援のプラットフォームの運営を行っている団体で、今回は既存のプログラムに加えて「既存の刑務所システムに変わる、再犯を防ぐための新しいビジネスモデル」をTuck生と一緒に考えたい、という趣旨でこのプロジェクトに協力してくれているようでした。

自分にとって全く馴染みのない分野、かつ途方もなくインパクトの大きいテーマに興味が惹かれたこと、極めて「アメリカ的」で政治や時に宗教が絡むアンビバレントな問題の複雑さに学びが多そうだと感じたこと、そして何よりクライアントがTuck生に寄せる期待の大きさにやりがいを感じてこのプロジェクトへの参画を決めました。

この問題に関心の高そうなクラスメイトにコンタクトし、チームのダイバーシティとコミットメントの高さのバランスを考えながらチーミングを進めました。結果、コンサルティング、エンジニアリング、製造業とそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ4人が参画してくれました。唯一、私以外はアメリカ人4人が揃ってしまったのが少し気がかりでしたが、この地でリーダーシップの経験を積むいい機会と割り切って前に進めることにしました。この点がどうプロジェクトに影響したかについてはまた後述します。

問題定義

クライアントとの顔合わせを経て最初に気づいたのは、10週間というプロジェクトの期間に対して、クライアントが明らかに過剰な期待を抱いていることでした。外部のコンサルタントを雇った経験がほぼなかったことに加え、プロジェクトを引っ張ってきた学校のプログラムオフィスとの間であまり期待値のすり合わせができていなかったようです。

大きな課題に真正面から取り組むクライアントの信義に共感しつつ、初めからオーバーコミットしてしまうのも不誠実だと感じ、両者の間でコンセンサスを作っていくことにかなりの時間を割きました。正直、クライアントの期待に応えきれないことをコミュニケーションし続けるのは辛かったです。プロジェクトリーダーとして最も大きなプレッシャーがかかった作業でした。

元受刑者や刑務官、法務省の関係者、刑務所システムに携わる多方面の関係者へのインタビューを重ね、「出所後2日以内の生活基盤の立ち上げ、2週間以内の再就職、2ヶ月以内のメンタルヘルスのサポート」それぞれに最も大きな再犯のリスクが潜んでいることを仮説として定義しました。

解決策のアイデア出し

問題定義がクライアントの期待に沿うことをようやく確認した上で、解決策を一緒に考えていきました。この辺りからはコンサルタントとクライアントという関係から少し発展し、同じ方向を向いた同志のような感覚があって楽しくなってきました。実在する解決策を調査したことはもちろん、学校のリソースを使ってデザイン思考のワークショップも提供し、アイデアの考え漏れがないように工夫しました。

結果、出所して生活が落ち着いた元受刑者が、新しく出所した他の受刑者のメンターになるようなピアサポートプログラムの設計を進めることにしました。ただ、これが本当に出所した元受刑者の喫緊の課題の解決に役立つのか不安があったため、クライアントと学校に交渉し、アーカンソー州の刑務所へのスタディートリップを企画しました。

アーカンソー州へのスタディートリップ

アーカンソーは歴史的に保守層が多く、再犯率も高い州です。Dream.Orgは多くのプログラムでこの地域をパイロットとして定めることが多く、地域のエコシステムに入り込んでいました。

自身が服役していた過去を持つコーディネーターにサポートしてもらい、州刑務所や警察署長を訪問し、ピアサポートプログラムへのフィードバックを集めて回りました。

急遽決まった弾丸の3日間の出張でしたが、この問題の解決に文字通り命を賭けている人々からリアルな体験談、問題の根深さ、パッションを伺うことができ、全身に電流が走るような衝撃を何度も受けました。詳細は書けないのですが、まさに自分たちが取り組んでいる問題が表出する瞬間も目の当たりにし、たった10週間では到底解決しきれない問題の大きさに唇を噛み締めたのを覚えています。


アーカンソー州プラスキ郡刑務所にて刑務所長、郡保安官ほかと

成果物のまとめ

出張から帰り、すぐに成果物のまとめに取り掛かりました。

最も大事にしたのは、地に足のついた実現可能な解決策であること、並びにクライアント自身が運用可能でサステイナブルな解決策にまとめるということです。同時に、解決策の実現に必要なリソース(資金源や体制)も調査して成果物に含めることにしました。

最終プレゼンにはクライアントの主要メンバーはもちろん、出張でお世話になった方々やインタビューに協力してくれた方々にも集まってもらい、最後は達成感で涙ぐんでしまいました。

課題の大きさと学生プロジェクトが提供できうる価値のギャップに悩んだ10週間でしたが、振り返ってみるとここまでのMBA生活の中でも最も学びが大きい経験になりました。このプロジェクトについては、学校の公式ブログでも記事が出ていますので参考にしてください。

Blog: ESG-Focused First-Year Projects Provide Consulting with Impact

Experiential Learningの価値

かねてから「MBAに来たからには今後経験できない分野に足を踏み入れたい」と考えていました。ただ実際に授業を選択する段になるとどうしても自分の関心が高いものを優先してしまうことも多く、ジレンマを感じていました。今回、ほぼ無知の分野に踏み込み、言い訳ができないクライアントワークでしっかり成果を出せたことは、向こう1年間の学業への取り組みの姿勢に大きな影響があると思います。

加えて、これまでの授業と違い、この道数十年のクライアントから大きな期待を受けてプロジェクトに取り組むプレッシャーを感じられたのもいい経験でした。自分やチームが短期間で何を提供しうるのかずっと悩み続けましたが、1年間のコア授業での学びが蓄積されているのも実感できましたし、限られた時間と徐々に大きくなる緊張感の中でチームをマネージする経験が詰めたのもとても良かったです。

何より、アメリカでアメリカ人を、しかも立場がフラットな同級生のチームをリードする経験ができたのはものすごく大きかったです。前述した通り、留学生が自分だけという立場になってしまい、言葉や文化の壁を感じることもあったのですが、誠実に、前向きに、メンバーのやる気を引き出すようなコミュニケーションが活きることを実感しました。今後アメリカでしばらく生活することを考えていますが、自分をどうポジショニングするかを考える上で大きな自信になりました。

TuckにおけるProject-based Learning

Tuckはこうしたリアルワーク、Project-based Learningに力が入った学校です。First-Year Projectに加え、海外へのフィールドトリップを中心としたTuckGoも卒業の必修要件になっています。私もこの12月にデンマークに2週間滞在し、現地の社会福祉システムについて勉強してくる予定です。とても楽しみ。

また、Project-based Learningの手法を取り入れた授業も多く提供されています。私は取ったことがないのですが、”Client Project Management” (Florentino教授)はコンサルティング業界のプロジェクトマネジメントを実業を通して学ぶ人気授業です。”Entrepreneurship Through Acquisition” (Anderegg教授)では実際のサーチャーへのエクスターンシップを通してサーチファンドの仕組みを学びました。来学期から新しく提供される”Diversity E‐ship Collaboration Practicum” (Reichstetter教授)ではマイノリティの逆境を跳ね除けて企業した起業家のサポートを通してアントレプレナーシップを学ぶ予定です。

課外活動では、近隣の起業家やNPOを支援する”Tuck Community Consulting“が人気です。学校に附属する研究機関の一つCenter for Business Government and Societyでは、他にもインパクト投資やNPO支援のプログラムを多数提供しています。詳しくはこちらをご覧ください。

First Year Project

FYP(Frst Year Project)は、TuckのSpring Term(3~5月)に行われる必修授業。クライアントの現実の経営課題に対してコンサルティングを行うもので、MBA1年目の総仕上げ的な位置づけです。

学生5人1チームに指導教官として教授が1名つき、大小・業種も様々なクライアントの経営課題を解決します。アメリカの企業に限らず、世界各地の企業からプロジェクトの募集がある他、起業志望の学生自身が作り上げたビジネスプランを同級生と実現していくことも可能です。

以下は、在校生が過去に取り組んだプロジェクトの体験談です。

(1)プロジェクトの質が高い

クライアントは売上高が兆円規模のグローバル企業。そして、今回のプロジェクトの内容が、会社にとって非常に関心の高いテーマ。片手間で、ちょっと学生に考えさせてみようか・・・という温度感ではありませんでした。実際に、20名近くの社員にインタビューをさせてもらいましたし、中間・最終プレゼンには15~20名程度の社員が出席してくれました。TuckのFYP事務局の不断の努力と過去の実績のおかげで、質の高いプロジェクトが引っ張ってこれるのだと思います。

(2)Faculty Advisorが常にプレッシャーをかけてくる

週に1度45分、Faculty Advisor(FA: 担当教授)とのミーティングがあります。私のチームのFAはManagement CommunicationのJulieでしたが、プロジェクト全体の進捗が刈り取られることは勿論、「あなたは今週何をやったの?あなたのタスクの進捗はどうなの?(他の人のスライドについて)あなたはこのスライドをどう変えるべきだと思う?」などと、コールドコールが連発されるため、適度な緊張感を維持できます。そして必修科目なので、メンバーが途中でドロップアウトすることもないし、全メンバー真剣にならざるを得ないっていうのもいいですね。

(3)チームワークの学び

FYPは学生5人1組で取り組みます。そして、全ての授業の中で、チームで過ごした時間は、このFYPが一番長かったです。そんなチームワークの中で、リーダーがやる気ありすぎて他のメンバーに対してパワハラ気味になってきたぞとか、メンバーの一人が母国に帰って時差のせいで全然捕まらないとか、マイペース過ぎて全然期日通りに動いてくれないメンバーにリマインドしまくるとか、十分なコンセンサスなしにリサーチやったら全然役に立たなかったとか、膨大な情報量をくれるメンバーがいるけど膨大過ぎて全然消化しきれねーぞとか、就活と同時並行中のメンバーにはどう気を遣おうとか、色々な経験ができます。その中で、このやり方はうまく行ったな、この人のコレは真似しよう、あの人のアレは真似しないようにしようとか、気付きがあります。

(4)情報検索スキルを学べる

クライアントに応用できる先行事例を探すために、図書館(Feldberg Library)のスタッフにケースや記事の検索リソース、上手な検索ワードの使い方等、色々と教えてもらいました。またチームメンバー同士でも、有益なポータルサイトを相互に教え合い、実際にそれらを使っていく中で、情報検索スキルを学べました。プロジェクトを通じて強く感じたのが、ピッタリくる先行事例を探すという作業自体が一番大変だったこと。普段の授業では、ケースを読むことすら面倒くせーなと思ったりもしていましたが、読むべきケースを与えてもらえることって贅沢甚だしいなと反省しました。

(5)コミュニケーション

チームの中の役割分担では、Client Engagement Managerというポジションに名乗り出てみました。私は海外経験が全くない(仕事で英語に触れた時間も、8年累計で2時間くらいだと思います笑)ので、正直英語のビジネスメールの挨拶すらよくわからず、1通メール打つのにもプレッシャーを感じていました。が、FYPの中で、クライアント、教授、卒業生など50人くらいにコンタクトを取り、30人くらいに実際にインタビューし、その過程で数百通のメールを五月雨式にやり取りする中で、基礎的なビジネススキルを学び、また必要以上に気を遣わずにコミュニケーションを取る度胸は身に付けることができたと思います。私同様海外経験がない方にはこのポジションはおススメです。

(6)ハードスキル

クライアントの業界、プロジェクトに関連する知識、ロジカルシンキング、プレゼンテーションスキルは当然鍛えられます。守秘義務のため詳しくは触れられません、悪しからず。

前述のとおりFAからのプレッシャーは強く、毎日のようにインタビューもやっていたので、FYPはかなりストレスフルでしたし、FYPがなければもっと楽だったな、という風にも思っていました。実際Spring Term(3~5月)の労力の半分以上はFYPに割かれました。でも同時に充実感はずっと感じていましたし、他の科目では学べないことをFYPが補完してくれているように思いました。

もちろん他のMBAでもクラブ活動等を通じてコンサルの機会は数多くあると思いますが、オフィシャルな必修科目であるからこそ、質の高いプロジェクトに、全メンバー強い責任感を維持しながら取り組めるのだと思います。3つも4つも中途半端に取り組むより、質の高い1つに真剣に取り組む方が学びがある。なので、FYPは良いプログラムであるというのが、私の結論です。